完璧主義をゆるめる - 「まあいいか」で楽になるセルフケア
完璧じゃないとダメですか?
報告書を何度も書き直して、気づけば夜中。部屋の掃除を始めたら隅々まで気になって、休日がまるごと消えてしまう。SNSに写真を投稿しようとして、構図もフィルターも納得できなくて、結局やめてしまう。
こんな経験、ありませんか。
「ちゃんとしなきゃ」「中途半端じゃ恥ずかしい」。そう思えば思うほど、どんどん自分を追い込んでしまう。完璧を目指すことは悪いことではないけれど、それに縛られて苦しくなっているなら、少しだけ手を緩めてみてもいいかもしれません。
完璧主義が私たちを疲れさせる理由
終わりのないゴールを追いかけている
完璧主義の厄介なところは、ゴールがどこまでも遠ざかっていくこと。80点でも「もっとできたはず」と感じてしまう。どれだけ頑張っても満足できないから、達成感を味わえないまま、次のタスクに追われてしまいます。
仕事でも家事でも、「これで十分」と思える基準が自分の中にないと、いつまでも走り続けることになります。我慢をやめる練習の記事でも触れていますが、頑張りすぎてしまう人ほど、自分にブレーキをかけることが苦手です。
失敗が怖くて動けなくなる
完璧にできないならやらないほうがいい。そう思って、新しいことに挑戦するのをためらったり、途中で投げ出してしまったりすることはありませんか。
失敗を恐れる気持ちの裏には、「うまくできない自分には価値がない」という思い込みが隠れていることがあります。でも、セルフコンパッションの視点で見れば、うまくいかない日があっても、あなた自身の価値は何も変わりません。
人と比べてしまう
SNSを開けば、仕事も家庭も趣味も完璧にこなしているように見える人がたくさん。あの人はあんなにできているのに、自分はどうしてこうなんだろう、と落ち込んでしまう。
でも、画面の向こうの「完璧」は、ほんの一瞬を切り取ったもの。誰にでも、うまくいかない日や散らかった部屋はあります。自分が嫌いになりそうなときの記事も、そんな気持ちに寄り添うヒントになるかもしれません。
「まあいいか」を自分に許す練習
70点の自分にOKを出す
100点を目指すのではなく、まずは70点で「よくやった」と自分に声をかけてみる。夕飯がお惣菜でも、部屋に少し埃があっても、メールの文面が完璧じゃなくても、大丈夫。
朝の支度のとき、鏡の前で「今日もまあまあでいこう」と小さくつぶやいてみてください。それだけで、少し肩の力が抜けるはずです。言葉のデトックスの記事で紹介しているように、自分にかける言葉を変えるだけで、気持ちはずいぶん軽くなります。
「途中」を楽しむ
完璧主義の人は、結果ばかりに目が向きがちです。でも、暮らしの中で本当に心地よい瞬間は、何かが完成したときよりも、途中のプロセスにあったりします。
料理の途中で立ち上る湯気、編みかけのマフラーの手触り、書きかけのノートのページ。わびさびの暮らしという考え方には、不完全なものにこそ味わいがあるという感覚があります。完璧じゃないからこそ、愛おしい。そんなふうに感じられたら、少し楽になれるかもしれません。
休むことを「サボり」にしない
完璧主義の人ほど、休むことに罪悪感を覚えがちです。「まだやれるのに」「もっとできるはずなのに」と自分を責めてしまう。でも、ひと休みのすすめでもお伝えしているように、休むことは怠けではなく、次に進むための大切な充電時間です。
寝る前のほんの10分、好きな音楽を聴いたり、あたたかいお茶を飲んだりする時間を自分に許してあげてください。
完璧じゃなくても、あなたは十分すてき
完璧主義をゆるめるというのは、だらしなくなることではありません。自分をこれ以上追い詰めないための、やさしい選択です。
「まあいいか」は、あきらめの言葉ではなく、自分への思いやりの言葉。今日一日を振り返って、「完璧じゃなかったけど、まあいいか」と思えたなら、それはとても大きな一歩です。
あなたはもう、十分がんばっています。
もっと知りたい方へ
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※本記事は情報提供を目的としたものであり、医療上のアドバイスではありません